ゼロポイント・フィールド 未達の恋(小説)

ゼロポイント・フィールド 未達の恋 第七話

第七話

のされていた平面からジオラマが立ち上がるように分断されていた子供のころの記憶が一巻のフィルムとしてつながり始め、俺の脳裏で立体化してゆく。嫌なことは記憶から消さなけば、嫌なことだらけの人生などやってゆけない。だから都合よくのしてゆく。ただ「のした」だけで、どうやら抹消できていたわけではないらしい。母由真のバイオリンの黒猫の旋律が、まるでスポイトの水のようにのして乾いていた記録板に点滴され、そこから記憶がみずみずしく立ち上がってくる。

36年前、石造りのウルム大聖堂の尖塔の前の広場で、一度雷を浴びた。冷たい激しい冬の嵐の雨の中で、子供の頃、正確には55年前、Dan&Danaの黒猫のコンサート用のテントが張られていた広場だ。Danは俺。公演は雨天決行のはずが中止になり、親父が数人の南スラブ系のSPと突然現れ、Danaと母由真を連れ去った広場だ。当時俺が見下ろしていたホテルもまだあった。その窓を見上げた矢先に、稲妻が頭上でさく裂した。俺は雷でそれ以前の大半の記憶を喪失した。

死ななかったのが不思議と主治医が言っていた。以前の記憶などより、命があることを喜ぶべし、と。不思議と言えば、Dan&Danaのコンサート中止と親父が内股でBarschel氏を投げ飛ばしてDanaと母由真を連れ去ったところまでは生々しくその光景が思い浮かぶが、そこから今までの時間が吹っ飛んでしまっていたことだ。10日ほどでドイツ語も大人の語彙で話せるように戻った。筋肉質の鍛えられた体も顔も成人男子。だが、自分は誰かというと、9歳のまま。そこで記憶が完全に切れている。そのアンバランス。ゆっくりと療養してよいことが主治医から伝えられる。どうもどうみても日本人の俺が、Dan Bauschel という名前のドイツ国籍のドイツ人で個室部屋保証の疾病健康保険に加入しているからだそうだ。

ある朝目覚めたら堅牢なBiedermeier様式の洋館の大理石張りの床の部屋で寝かされていた。窓には別に檻格子など設置されていなかったが、部屋のある最上階の窓は地上まで優に16、7メートル近くあり、出っ張りも足がかりもない平坦な石組みの外壁を降りることはどうやら間違いなく体育会系武闘派の鍛えられた体をしている俺にもできはしない。降りたら死ぬその先を見下ろす広い庭の中央にかなり豪奢なビザンツ様式のカペレ(小教会)が建っていて、毎朝祭服の司祭がそこに立ち寄って小ミサを取り仕切っていた。敬虔な信者がいるもので、毎朝必ず20名ほどの年寄りたちが集っていた。

寝室は広く、リビングや食堂の3部屋がつながっていて浴室もあり、まるで地方の王侯貴族のような生活空間だったが、病室同様オートロック施錠されていて外には出られなかった。食事も三食給仕付で提供され、何一つ不平はなかったが、わけもなく幽閉され、陽が落ちるとやはり人間は疑問と不安と焦りに苛まれる。その三つがとうとう日中の俺にも影を落とすようになった。小規模王侯貴族の模倣生活は若い俺には退屈で寂しく、耐え難いものにすぐに変わった。車椅子から立てるようになっていたし、落ちていた視力もほぼ回復していた。拳立て・腕立て50回・クランチ、ドローイング自重トレをそれぞれ15分、椅子のひじ掛けを握り、平行棒両足上げと倒立。体にインプリントされていたらしい自主トレを毎日繰り返して過ごす。力は有り余っていた。

「Gibt’s denn überhaupt endlich welche Erklärung!?(いい加減なんか説明あるのかよ?)」

空手の構えで脅すと給仕の大男はすぐに逃げて行った。しばらくすると例の司祭がロシア正教祭服のままゆっくりと部屋に入ってきた。黒いカミラフカ帽と革張りのドキュメントホルダーを慇懃にテーブルに置き、まるで自分の家のように俺にリビングのソファーに腰を下すよう手招きをした。

「ここは、バーシェル(Barschel)氏所有の邸宅です。もともとはルーマニア公国の大公のものでしたが、バーシェル氏に非嫡出子のDana妃の養育へのお礼に正式に委譲されたものです。お母様と一緒にDana妃と三人で子供のころ演奏旅行されたことは思い出せますか?」

「(頷く)ダナ?ダナのことね・・・はい。え?ダナ妃?妃?」

「Dana妃はエレーニア書記長夫人の娘さんですが、書記長と知り合う前のお子さんで、認知されていないのです。Dana妃を連れて私のところに来られたのには驚きましたが、友人のBarschel君に預けてここドイツでお育てすることにしました。Barschel君のことは?」

「(頷く)よく覚えてます。母と私の面倒をよくみてくれましたから。やさしい方だと母がいつも言ってました。母は彼のことを慕っていたと思います。」

「Barschel君が大使館のレセプションであなたのお母様と知り合ってからは、Dana妃はまるで二人の真の娘さんのように可愛がられていましたよ。バイオリンが引寄せた大切な縁だとBarschel君はよく言ってました。お母様も、もうあなたのお父様のOKADAのもとには戻らないともおっしゃってましたが・・・。かなり、Herr OKADAはDVが過ぎた方だったようですね・・・。」

「(頷く)鍛えられましたよ。ガキの頃のことははっきり覚えてます。鬼ですよ。その頃の親父しか思い出せませんが。とにかく日々半殺し、だったかな・・・。稽古で骨折しても、日本男児がその程度で泣くな!ってね・・・。私の名前がDan Barschelということは・・・。まだ混乱していて・・・。母はBarschelさんと再婚したんですか?司祭、何かご存じですか?ご存じならお教えください。」

 髪を搔き上げ、額を両手の指で押している俺の膝に手をかけ、司祭は黙って窓の外を見遣っている。

「で、母はどこですか?鬼親父は?一体、あれから今まで何があったんです?何一つ思い出せません・・・。自分が誰なのかもわかんねェなんて・・・。」

 司祭は立ち上がって、テーブルの総革のドキュメントホルダーを開いて公正証書のような小冊子を取り出し、俺の膝の上に静かに置いた。小冊子の表紙には赤い蝋印(シーリングスタンプ)が仰々しく二つ押されていた。

「?」

「これはバーデン=ヴュルテンベルク州知事の承認印で、こちらがバーシャル氏の蝋印です。ここにYuma OKADA、お母さまの名前とDan Barschelつまり養子のあなたの名前が書かれているのが分かりますね?今いらっしゃるこの館と3600㎡の地所をこの優先順位で相続する、また飛び地の私農地2100㎡は分筆し、相続税として州税務当局に物納する、という内容です。お母さまの行方は分かりませんでした。失踪宣告してあります。この文面にある通り、その場合、現存者に全額相続されます。Danさん、ここがあなたの館ということです。それがBarschel君のたってのご遺志です。」

「僕の館?はあ?何?ちょっと待って。ご遺志って?」

「(頷く)亡くなりました。」

「え⁉何で?いつ?」

俺はどうやらシャッフハウゼンの体操専科のボーディングスクールに入学させられていて、在籍中に、俺の父は岡田団次から戸籍上バーシャル氏となり、学費も支払ってもらっていたらしい。母由真の帰りを待ちながら。そしてその養父のバーシャル(Barschal)氏がつい最近亡くなった事実も。何かその死にいわくがありそうなことも。第二次世界大戦中ムッソリーニやヒットラーに押収されたバイオリンの検定技師としてアマティやガルネリウス、ストラディバリウス、ガルネリ・デル・ジェスなどをルーマニアや遠くイランに担保する任務に就いていたバーシャル氏はこれら名器を戦後は世界的な演奏家にレンタルしていたらしい。チューリヒやミュンヘン、ブタペスト、トリエステ、テヘランにMusik Barschalという楽器店チェーンを展開していたが、楽器と偽ってルーマニアの兵器をイランに密輸密売していたという疑いが掛けられはじめ、逃亡していたが、先週ジュネーブのホテルのバスルームで溺死体で発見されたということだった。司祭は病死であるはずがない、と断定した。

「首の骨が折れていたんですよ?そんな病死がありますか?バーシャル氏は音楽を愛し、バイオリンを愛した敬虔な信者です。健康そのものの人で、それにトラックには楽器しか積載されていませんでした。」

司祭は十字を胸で切りながら天井を涙目で仰いでいる。

「首の骨が折れていた?」

「そう最初の新聞記事だけには書いてありました。しかもバスタブで転んで、湯の中で亡くなっていたと。彼は湯に浸かると蕁麻疹が出るんです。子供の時一緒に行ったバーデンバーデンのローマ風呂で彼はまるではしかのゆでだこ状態でした。冷たいシャワーしか彼は浴びませんよ。それを私は知っているんです!」

「母は、母はどうしたんですか?一緒だったんですか?」

「あなたのお母さまを信じて待っていました。でも、あの19年前、OKADAがDana妃と一緒に連れ去って以来、全く音信不通で。彼はずっと捜していました。日本にも行ったはずです。それにDana妃をどこかの孤児院に入れたかもしれないと、片っ端から訪ねていました。」

「親父は?」

「BUDO-KANを閉じて消えたそうです。おそらく二人とも日本に戻ったのではないかと言っていました。」

「奴が母を羽交い絞めにして無理矢理連れて帰国したに決まってる。」

「詳しいことも真偽も私は存じません。ただ、Bauschel氏から、最近やっとDanaが見つかって、じきにこっちに逃げてくるから、と連絡があったばかりです。ブカレストの政権が公国の青い血筋の復権を畏れて、暗殺の手が場合によってDana妃にも及ぶ可能性があるから、教会で保護してくれと電話で頼まれていました。何とか母上のエレーニア様をジュネーブのBauschelさん主催のコンサートに招待して、その時、密かに連れ出して、書記長から引き離し、Danaとここで引き合わせたいとも仰っていました。」

「なるほど。」

「それが未然に漏れたに違いありません・・・。」

「では、Dana、ではなかった、Dana妃は?」

「この部屋で数日あなたを待たれておられました。憔悴されておられました。幽閉されていた古城の施設からあなたに救い出されたと。死にそうだったと。あなたが撃たれて。物凄く心配されてました。亡くなったのではないかと言って。エレーニア様のお手紙とロムニイ王家の蝋印をお持ちでした。もっとよくご事情を知りたいと仰っておられました。私もあなたが病院に運ばれているなど知りませんでしたし。ずっとテレビのニュースを観ておられましたが、どうお止めしてもブカレストに行くと言って・・・。知らぬ間に出て行ってしまわれました。」

「ブカレストに⁉」

「今も大騒ぎで、テレビを付けましょうか?」

司祭はテレビ台に立ってスイッチを入れた。ベルリンの壁周辺の群衆のニュースのあと、すぐに場面が切り替わり、ブカレスト宮殿の前で奇声を上げ、国旗が突き上げられてあちこちではためいている情景。その時の俺には、それは何の事かもわからなかった。9歳のDanaの記憶しか脳に残っていない俺には。ヨーロッパの激動のことなど。ものやつれた壮年の高位に違いない夫婦に公開処刑の銃口が向けられている。銃声が二発響いて、夫婦がパタパタと乾いた人形のように石床に倒れる場面が、しつこく何度も放映されていた。

「昨日のことです。書記長夫妻です。奥様の方はエレーニア様です。お判りですか?」

「(じっと見ながら首を横に振る)」

「二年ほど前、あなたをお訪ねになっておられます。会われているはずです。そうお聞きしてます。大事の折にはここにあなたがDana妃を連れてくるように、エレーニア様からお願いされていたはずです。だからこそ、あなたは今ここにおられるんです。それはあなたの使命でした。」

その語調には口惜しさがにじんでいた。まるで俺に何らかの責任があるかのように問い詰められているニュアンスがあった。

「いえ。申し訳ない。あなたはエレーニア様との約束を果たされた。神もあなたをお許しです。雷からも護られた。何もできなかったのは、私です・・・。Dana妃がご無事であることを神に祈るばかりです。エレーニア様をお救いに行かれると言って・・・。ただ、軍はこれで人民と王家の味方ですから、生き延びておられたらもう大丈夫だとは思っています。」

養父Barschalの死因は病死から覆らなかった。それが相続の視点からは不幸中の幸いと司祭が言った。遺産・遺物の整理すべてを司祭に一任した。28歳の俺は、6 Mio.DM (約5.5億円)を相続することになった。土地はロシア正教本部にすべて寄贈した。面倒なことは嫌で、とにかく、もう19年以上になるとはいえ、子供の時の若いままで思い出される母由真のことが心配でいたたまれなくなった。あの親父ではなく、間違いなく養父Barschalを母は愛していたはず。なんの異存もない。引き離されて、日本に連れ戻され、きっと蹂躙され続けているに違いない母由真を救い出しに行く。なんであんな男と一緒になったのか。殺す気はないが、あの男を必ず半殺しにする。

 Danaが無事で司祭のところに舞い戻れば、連絡はくる。大人になっているはずのDanaを知らない。司祭が言うには、俺が救出に成功したからここにきていたそうだが、その大人になっているDanaの顔も容姿も落雷で思い出せない。ルーマニアの巨大なうねりの中から見つけ出せるはずはない。まず、母を探す。俺は、東京行きのチケットをすぐに購入して日本に発った。

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