三峯神社の拝殿の正面の欄干にタボの車椅子が下に集まった若い世代の招待客に背を向けている。参拝客も混じっている。タボは手にブーケを持っている。
「いいかい、みんな?ウルフがさ、アタシにやれって言うんだよ。投げるよ⁈」
喚声が上がり、タボが投げたブーケを掴もうと賽銭箱の前に皆が殺到する。リムがブーケを手にしている。
「あれ、私、いらない。旦那さま、私、もういるね?」
爆笑が湧く。
「リム、アンタがいちゃだめなんだよ!やり直し!シングル、オンリー!えっ?もちろん、男もOKさ!おにぎり、お前、頑張れよ⁈」
支配人陽子が重そうに木箱を持って石段を上がってくる。圭太が助けに掛け寄る。
「何ですかコレ?凄い高級そうな木箱ですね。」
「わかんないけど、昨日、航空便でフランスから届いたの。壊れ物って札がついてて、見たらワインだったんで、お神酒がわりにどうかなって?」
「ここで?禰宜の神官に叱られますよ⁈」
「ま、そんな堅いこと言わないでさ、圭太、これ紙コップだからさ、皆さんにお配りして。」
招待客も関係のないはずの参拝客も圭太の紙コップを誰も断らなかった。新郎新婦のイグとウルフが拝殿から降りて来て、ワインを注いで回る。
「最近の白ワインってコルクじゃないんだ。ねじ蓋なんだね。」
「スクリューキャップっていって、ヴィンテージものももうこれなんですよ、支配人。以前、十さんに教わりました。」
「そうなんだ。これ、おフランスのワインでしょ?」
「(ラベルを読む)Rieslingが葡萄の品種で、産地はアルザスのKaysersberg、2025年ものですね。誰から届いたんですか?」
「輸出元しか書いてなくてね。(通関電子データのコピーを見せる)業者の名前でしょ、これ?」
「何か、十子さんぽくないですか?」
「実はあたしもそう思ってさ。だから今日持ってきたんだ。」
リムが通関電子データのコピーをじっと見てから言う。
「ぜったい、十さんね。このサイン、十さん、アメックス・カードに使ってたね。」
新郎新婦と万智、おにぎり君がタボの車椅子を欄干から降ろして寄ってくる。
「ちょっと、陽子ちゃんさ、アタシにも十ちゃんのワイン頂戴よ!」
「十ちゃんのかわからないけど。」
「決まってるさ、あの子のやりそうなこと。本当にいい子だった。残念だよ。」
「どこ行っちゃったのかな、夜祭の時、私、見た。きっと今、あのだんな様と一緒。手つないでた。」「もともとあっちの子やしね。」
「目の不自由なダンナさんとじゃ、どうなんだろうな。大変だろうに。」
「大変なら大変でそれはいいのさ。好きな人が生きているなら。」
「そうね、まァ、何とかなるもんよ・・・。事情は誰だって抱えてる。事情が居場所じゃないからね。」「私のロコはだんな様。一緒なら私、仕合せ。目が見えなくたって変わらないし。」
万智が突っ込む。
「あれ?この前、私のロコはホテルですって、氏家常務に言っとったやない?あれ、おべっかやったんかい?」
「へへ。おべっかでーす。」
タボは指で顎を持ち上げて支えると、顔を正面に向けられるようになっていた。青空を見上げている。確か、どこかの青空を葡萄畑から一緒に見たいとあの日十子が車の中で話していたような気がする。その風景の中で、葡萄を摘み取る十子が居る。さとしの手を引いて葡萄の畝が競りあがる日の当たる乾いた土の上を歩いている。遠いところ。でもそれがアンタの決めた人なら、それがアンタのロコなら仕合せだろう・・・。
陽子が喜声を上げている。
「あれ?底に煎り落花生とコーヒーの焙煎豆の紙袋が入ってる!」
圭太が茶色の紙袋に貼付されているラベルを読む。
【Roasted by Satoshi Neuhaus. Domaine Weinfluss, Alsace, France】
(了)
Frau T. Naef
Herr F. Niggeler
Frau C. Fischbach
Madam R. Feller, Schlossberg Kaysersberg
守屋順吉氏
東横イン
に捧ぐ。 尾部論
ロコ記入欄 あなたのロコを教えてください