詩歌

乗船 Ⅰ (詩編)

夕辺には開き戸を鎖(と)ざし
フランスベットに澪(みお)を曳き込み
サカナの眼で壁の陰影を刻んでいれば
ムツカシクはなかった 翌日が
複雑になった

いくつかの事件
いくつかの痛みの襞(ひだ)を入念におりたたみ
昼の峠を越えようと 君の
営々とつづく私的遍歴の
隘路(あいろ)は 峠のむこうで
けぶるように溶け合っているのだが
幾筋もの沿道との 翌日の
くり返す不合や 愛別離苦には
馴れてしまったと言って

君が呼気で ボクが吸気で
それが一つの呼吸でありえない
お互いの腕のなかで どこまでも広がってゆく
パラレルな絵を
君のなかでは どこまでも狭められてゆく
地平の一郭に咲くバラたちを
夕辺にはひび割れた瞳(ひとみ)で
凝視しつづけなければならないと言って

肩から震えていたじゃないか 君は・・・

晩鐘が響けば 翌日が
あたりまえのように告知され
救いは君になく ボクになく
腕を解き ひとり一人
原罪に胸をあて 掌にからめ 二十代の
ない平安の薪(たきぎ)を捜しにゆくのならば
この注がれた夜だけは
バラに囲まれ君はおねむり
崖(は)てない君への傾斜を
柔和に目覚めた感性の波たちには
君の髪で 君の胸のうえで
故意の迂回が許されても良い

夜の稜線を
このあまりにも満ちた海水に曳かれて
もうどの辺りにいるのか 君の
もつれた長い髪を つぶれた悲しみを
ゆだねるように流せよ
ねむりへの帰依に 櫓を添え
翌日までは
同じ船に乗れるかも知れない。