(ほぼ一人芝居。「オリオンの嘆き」プロット)
配役
木馬 まもる(初め、ワカメ)
木馬 のり
コロス(輪唱するガヤ)
第一幕
カップルがいちゃついている。ワカメ登場。
ワカメ
何や、ワイら、何ぐちゃぐちゃいちゃついとんねん!ただでさえ粘(ねば)つく季節やゆうのに、しん気臭い・・・。何、ひとの顔見とんねん、はよ。どこかうせんかい。ここはわいの寝場所や、ええか、わいの張った場所や。消えうせんと小便ひっかけるでェ・・・?
カップル逃げ去る
ワカメ
へん!(唾を吐き捨てる)あほんだら!いちゃつくんやったら昼間にせい言うとるんや。だいたい、ええ若いもんが陰(いん)にこもって人目を避けて、ウジウジやっとるから・・・覗きとうなるんやで、ほんま・・・燦燦と陽の照る広場のど真ん中でやったらんかい。そしたらこっちかてあほらしゅうて何も言われへんもんや。それが恋の路ちゅうもんやで。ほれ、見てみい犬かてわいらの面(つら)の先で重なりおうとるやんけ。お前らみたいなんを、「犬にもおとる」言うんや、ダーホ!
わい、ワカメだす。ワ・カ・メ!何でも新聞社のお偉いさんがつけてくれはった名やそうですねん。わいのこの着とるもんが裾の方からこう、擦り切れてきますやろ。ほんで歩いとるとワカメみたいに、ひらひら風に揺れますやろ、そやからワカメやそうです。わいのワカメはなんや爆発現場におりましてな、そんときからの年季もんでっせ。そんじょそこらのふぬけのワカメとはちょっとちゃいますねん!結構気に入ってますねん、この名。この前の冬なんか、世の中、円安インフレやとかで、わい、スター扱い受けました。確かM紙とA紙やったろか、わいの写真が載ったんでっせ!カメラマンが来て「君を記事にします。よろしいか?」聞かはりまんねん。で、仕様がないさかい、イッヒッヒ!と笑って、三べん回って屁ェひってやりました。特技でんねん、わい、屁を小刻みにこくの。そしたら案の定「物価急騰止まず、広場漂うワカメ君」だの、「今日は啓蟄。だがワカメ君、君の春はまだ遠い」だのと、臭い臭い記事になってました。インフレだの、孤独だのと笑えてきまんねん。何が笑えるって、イ・ン・フ・レちゅうカタカナや、急騰みたいな漢字がほんま愉快なんです。カタカナなんか、見とるだけでこそばゆいでっしゃらろ?そう思われませんか?地下鉄のヒゲじいに言わせると、新聞の活字はみなばい菌なんやそうで、突き付けてやると遠くへ逃げてから叫びますねん、うつるぞ、うつるぞ、て。まあ、世の中寒うなってくると円安やろうが円高やろうが、毎年わいら路頭におるもんはスターになれますわ。
あれ、さっきのカップル、どやしつけたけど、可愛いとこもあったわ。この弁当、こりゃ、ええ・・・ほォー、にぎりめしや。(手に持って食べ始める)うまい、うまい・・・のり付きや・・・これ、のり!お前もとうとうわいにくわれて本望やろ・・・うまい、うまい・・・どこにおったんや、お前・・・(おにぎりに耳をそえる)海か?どこの海や?地中海か?海ン中で踊っとったんやろ?わいのことなぞ、忘れとったんやろ、ワカメのことなぞ・・・わいかて昔は同じ海ン中におったんやで・・・しかし、うまい・・・踊らんかっただけや。なんぼ踊ったかて、わいはサカナちゃう、無駄や。やめとけ言うたやんか・・・結局、お前、こうしてわいのなかへ、この腹んなかに入ったやんけ。待っとったで、ホンマ・・・ごちそうさん。
今度またここに誰ぞ来よったらどやしたろ。止めとったんやけどな、どやすのはエネルギーの浪費やと思っとったさかいなァ。若いころはこれでも東京弁で品よく語ってたんですがね、だんだん生まれの地が出てもうて。どやし始めたらもう戻らへん。迫力がちゃう。どやし倒して、弁当もらいましょ。明日から、ニュー・ライフ・スタイルやで、ホンマ。このねぐらは何としても守らなあかん!何やかや言うてもここには思い入れがありますねん。いまでこそギンコーさんやけど、その昔この広場は一夜祭が(ひとよまつり)が年にいっぺんやってくる場末やったんです。ごっつう変わりましたわ。覚えてますわ、ここに「平和泥棒」いう劇団が必ずサロンを開いてました。わいは、とにかくそういう人混みやとか踊りやとか嫌いやったんで遠くの方から眺めるばかりでしたけど・・・
そうやあっこには観覧車が据えられてました。ほんであっこら辺に、化け物屋敷、呑み屋の屋台が鈴なりにずらーと並んどって、その突き当りに、回転木馬がぐるぐる回っとったはずです。ガラス細工の爺さんも毎年やって来て、ペンギンやの、ブタやの、ガラスの靴やの、そらもう小器用に作って見せてくれはりました。わいも、今でこそほんまもんのワカメやけど、あの頃はまだまだ鼻毛みたいなもんでした。そやからまわり中がこう、「祭りや、祭りや」言うて回転し出すと、その余波をもろに受けて、気もそぞろ、たまらんわけですわ。そやかて、「祭りや、祭りや」て、みなと一緒ンなって騒ぐのはアホらしい。わいの中にも、ワカメの意え地ちゅうもんがあった、わいは、海ん中で、右ならえ、左にならえ、根無し草のようなサカナの群れとはちゃうんや、というワカメの誇りがあったんですわ。ところがあんだけ大勢のサカナの群れに、はたでフラメンコでも踊られてみなさい・・・海中が動きますねんで?わいかて揺れてきますがな・・・そいがアホ臭うて、情けのうて、何年も何年も、なんやこう、振られ涙流しとりました。
あの頃、わいがなにやっとったかんか、はっきりとはしないんやけどな。何やこう、ごっつう小さいときからガラスいうもんに妙な具合に惹かれとりましたよって、ほれ、祭りは嫌いやったけど、ガラス細工の爺さんと友達になったぐらいですから、何や、そないな方向のものごとの関係しとった思います。はっきりしてますのは、まあ、今ンなって言うのもこそばゆいんですけど、まわり中がフラメンコに酔いしれとる時、なんとかして生き別れのままやった妹に遭うて、二人だけでサカナ連中とは違う、もっと底の深い祭りを祝いたいと願っとったことですわ。まあ、根暗やったんでっしゃろな。他人様の波には揺れとうない、かと言うて一人では心もとない。逃げ場を捜しとったようですわ。若い、若い・・・。とにもかくにも、大切なガラスも割れるもんやいうことが笑い飛ばせん、重い、重い年齢だったんですわ・・・
なんや、われ、なにがおかしいんや!わいにかて青春時代はあったんやで!何人の顔見とんねん!「山谷のソクラテス」言うんは、このわいのことやで!失(う)せんかい!弁当置いていかんかい!
ええもん見せましょか?これ、今晩だけの得出し、トップ・シークレットだっせ・・・(赤いハイヒールを懐中から出す)これ、その妹のですねん・・・「のり」言いますねん。のりの形見ですねん。ここにあった「平和泥棒」で、しまいにフラメンコの踊り子になってしまいましたけど・・・止めたんです、そないなサカナみたいなアホラシイ真似止め!言うて。わいらはもともと両親なくして人の飯食うて、「もらい子」や「ゴクツブシ」や言われて、他人に振り回されてばかりやったやないか!とどのつまり、わいらの仲が異常や言うて引き離されてもうた!何が異常や、愛し合うとってどこが悪い!そのわいらが不思議なもんで、ひょっくり会うたんです。もう離さへん、ワカメとのりで居よう、昔のように一緒に、わいらだけの幸せや・・・すべて、うまくいっとったんです・・・わいが初夏の港にあがるまでは・・・ところが、のりは、お前は、帰っていった、海の方へ・・・。
何の話をしとるんや、わいは?こりゃ!お前、握り飯!握り飯の!お前があかん。あほんだら、手にはりつくな!(指を舐める)うまい。かわいい奴や、お前・・・やっぱり、お前は、のりや・・・。
笑う。ワカメ退場。