祭りの画家・守屋ジュンの妻利恵は自分のレーベル遺伝性視神経症が息子のさとしに母系遺伝すると若い倉木医師から告知され絶望する。夏越の祓の晩、長瀞の石畳から身投げした利恵の溺死体をアトリエに寝かせ、ジュンの夜伽は三日三晩、引き離されるまで終わらなかった。三才の時のその光景は、その後さとしのトラウマとなる。
ジュンは一九七九年にフランスColmar市の観光見本市に小鹿野歌舞伎を紹介する特使として派遣される。その際、Kaysersbergの葡萄の収穫をDomaine Weinflussで偶然手伝うことになり、そこでドイツ人弁護士の妻Erika von Branchitsch と出会う。ヘルパーたちへの労いの晩餐中、突如襲った激しいOrkan(大嵐)の夜、ジュンとErikaは館に二人取り残される。
翌年の夏、フランスを再訪したジュンはErikaからMitsouko(十子)の出産を知らされる。Erikaはジュンとの娘であることを暗示するが、あくまでvon Branchitschの娘として育てる決意を示す。この年からジュンは毎夏、葡萄の収穫が終わる頃まで、さとしを連れてKaysersbergを訪れるようになる。
6年目。収穫祭とワイン街道20周年祭二つの大イベントがKaysersberg城で同時開催され、さとしとMitsoukoは毎夏練習してきたジュン監修の「筒井筒」の小能舞の前座を舞う。兄妹を描きこんだジュンの「絵馬」一対も能舞台の書割として披露される。
祭りの後、帰国前のさとしと二人のドライブ旅行中、ジュンが車ごとSils湖に沈み、行方不明となる。ホテルで父ジュンの帰りを待っていた少年さとしは、ジュンの死を知らされた瞬間からレーベル病を発症し、視力と正常な意識を失う。日本帰国後、両神の実家の母屋に火を点けるが、「大きな手」に救い出され、触法少年としての保護は奇しくも免れる。手の主は倉木医師で、さとしをレーベル病先端治療のためHeidelbergの大学病院まで連れてゆく。だが、さとしは病院を抜け出し、行方が分からなくなる。
十子は離婚した母Erikaにあくまでvon Branchitschの姓で母子家庭のままスイスで育てられる。Erikaの勤める特殊な組合型のWIR銀行で組合通貨や運用の実務研修も経験するが、Erikaが癌に罹患してからは、准看護師となり、Erikaの安楽死を看取る。そして冬嵐の夜、Erikaの遺言通り、車椅子ごとSils湖に沈める。
その後、名目上の父von Branchitschに死の直前呼び出され、十子は母Erikaがテルアビブ空港テロの過激派の一人だった事実を知らされる。銀行で母に運用を任されていた「Life Exit Foundation No. 288」という財団資産が実はvon Branchitschの自分への遺産であることも知る。十子はvon Branchitschの設立した安楽死協会所属の准看護師としてサラエボ等の紛争地に派遣される。だが、本当の父に違いないジュンの息子さとしのことを忘れられず、日本に渡り、ジュンとさとしの故郷である両神に近い秩父長瀞のホテルのフロントとして職を得る。
コロナ禍中、十子は相続したBritish Virgin IslandsのLife Exit Foun-dation経由の9億円相当の資産を同ホテルの改築費に匿名で寄付する。その間、フロント業務の傍ら「和銅」という秩父限定の地域通貨をスイスのWIRを模して導入し、ネット・オークションを紐づけたクラウド・ファンディングで地域活性化に貢献した実績から県の商工会連合会の副会長を務めている。
一方さとしは、遍歴の末拾われたベルギーのチョコレート老舗の生産部長となっていた。父ジュンの200号の「絵馬」二対の遺作を、長瀞のホテルが地元工芸の展示を募集していることを知り、寄贈して父ジュンの里帰りを果たそうと考えていた。だが、レーベル病を発症して視力を失い、意識障害のあった少年時の火中のデジャブを畏れ、父母の沈んだ水を極度に恐れる水面恐怖症を抱え、再発の懸念もあり、日本帰国、ましてや秩父再訪には踏み切れなかった。ふとM. Iwakiというホテルのフロントからの仏語のメールが気になった。あのMitsoukoのM.ではないか?さとしはバレンタイン商内で日本を訪れ、十子とさとしの二人は45年ぶりに長瀞のホテルで再会する。
だが警察は十子を、母親が今も逃亡中のテルアビブ空港乱射事件の過激派メンバーで、本人も「エンジェル」と呼ばれる安楽死をビジネスとしている死の密売人、資金洗浄の被疑者として監視対象個人としてマークしている。
秩父夜祭の夜半、両神の守屋ジュンのアトリエが炎上する。十子は盲目でも本当の自分を見えているさとしこそがロコ(寄す処)で、見えていると思い込んでいるあなたたちではないと言い残して、さとしの手を取り夜祭りの群衆のなかに消えてゆく。
主な登場人物 「ロコ」
守屋 ジュン N展新人賞 画家
守屋 さとし ジュンの息子 放火少年 ベルギーチョコ老舗生産部長・レーベル病を患う
守屋 利恵 さとしの母
倉木院長 さとしの主治医
エリカ(Erika von Branchitsch)テルアビブ空港実行犯
十子(Mitsouko von Branchitsch)エリカの娘
亮 共産主義者同盟BUND過激派活動員・テルアビブ空港実行犯
Otto 仏アルザスのソムリエ
Monika Von Branchitsch弁護士事務所秘書
陽子 ホテル支配人
万智 ホテル副支配人
リム ホテルフロントスタッフ
イグ ホテルフロント新人
ウルフ(亜美) ホテルフロント新人
タボ ホテルメイクスタッフヘッド
おにぎり君 ホテルメイクスタッフ 保護処分少年 ボクサー
村岡署長 所轄内の死亡火災の事件性を疑う